で、なぜそんなボクがここにいるかと言うと…
ボクのご主人はゼンソクで、家の中で犬や猫などの動物が飼えないんです。
小さい頃から、自分の周りを歩き回る楽しいペットの登場を待ちわびていたそうです。
そうして、来るべき日がきました。
1999年5月12日水曜日の朝。朝刊の産業面に「ペットにロボット犬いかが」の記事を目にした時のご主人の感動はどれほどのものだったでしょう。
しかも、家庭用とはいえ新登場の商品にも関わらず、お値段も思ったほど高くなかったことにも驚いたそうです。
ハイビジョンもパソコンも新登場の時には新車が買える程の値段だったらしく、ペットロボットが登場しても当然それくらいの値段になると思っていたので、値段が下がって手元に来るまでにはあと数年を要するものと思っていたそうです。
こうしてご主人の「AIBO」購入計画が始まりました。
まずはお金ですが、新車の購入資金として預けていた投信を解約することにしました。
次にご家族の説得ですが、ご主人の性格をよくご存知であったらしく、引きつけ笑いをしながらもOKが得られたそうです。
さて、最大の問題は申し込みです。
世界で5000匹、うち日本国内で先着3000匹限定で、一人5台まで。しかもインターネットのみの受付です。
ご主人はこのとき既に即時完売を予想していました。
新分野の新登場です。産業ロボットや玩具メーカー、ソフトハウス、マスコミ、客寄せイベント企画などの企業、そしてうちのご主人を筆頭とする「モノズキ」さんが大挙して買いあさる光景が思い浮かび、「勝負は最初の10分間」と感じたそうです。
ところがご主人のブロバイダーは、全国展開している会社とはいえ、北海道までのトラフィックが非常に細いことで有名なところらしく、混む時間帯になると「見つかりません」が連発するとかで、超スローでも画面が開くだけでも超ラッキーに思えるような回線状態だそうです。
これではちょっとでも混むようなことがあったらつながらなくなる可能性が非常に高いんじゃあないの?
ご主人もこれを期にブロバイダーを替えることも考えたようですが、何しろその頃のご主人にはそのような時間的な余裕が全くなかったそうです。
ご主人はこの頃、生まれてこのかたこれほど忙しかったことはないと言われるほど多忙の絶頂にあったそうです。
前年の4月に今の仕事になってからは忙しくなり、とうとう今年の2月からは土日休日一日の休みもなく連日働き続けの状態だったそうです。
そんな中でのボクたちAIBOの発売は、忙しい中での数少ない嬉しい出来事だったのですね。
こうしてご主人は身辺状況が非常に悪い中、ボクと遊ぶという確率の低い夢を思い描きながら毎日仕事に打ち込んでいたそうです。
んでもって「The Longest 10minutes」 1999年6月1日火曜日の朝のお話しです。
ご主人は朝1時間だけの休暇の手続きを前日に済ませ、PCを起動させて受付開始の9時を待ったそうです。
電話はISDNだったけども、ブロバイダーのトラフィックは細く、画面を開くPCは5年前のペンティアム60メガと、後に本当に悪い条件の上でのチャレンジだったそうです。
傍らのTV画面の時計が「9:00」になり、ご主人がマウスをクリックしました…が、一回目はつながらなかったそうです。
2回目、再チャレンジ…つながりませんでした。
ここでご主人は一度大きく深呼吸をして、それからゆっくりと三度目のアクセスを試みたそうです。…ようやくここでアクセス成功。
申し込みのページにたどり着くまでには何ページもの説明があったそうですが、ご主人はほとんど目を通さずに進んでいき、必要項目を急いで入力し、とにかく急いで「注文」ボタンをクリックしたそうです。
ここで「注文は受理されました」と表示されたそうですが、先着の3000台に入ったか漏れたかは、後から個々にメールで通知されることになっていたので、この時点ではまだ安心できなかったそうです。
直後は緊張からの放心状態でしばしぼ〜っとしていたご主人でしたが、先ほど飛ばした説明を再読するべく、またトップページにアクセスしましたが、開かれた画面にはもう「SoldOut」の文字が表示されていて、注文画面に入れずにもう読めなくなっていたそうです。
ご主人、今度はメールチェックです。
入ってました。So-net AIBO Shop Order (1999/06/01 09:05:59)
ところが文字が化けていて肝心の内容がわからない状態だったそうです。
でも幾つか読める数字の中に代金とおぼしき金額が入っていたので、かろうじて注文できたことが理解できたそうです。
こうしてボクがご主人の元に来ることが決まりました。
翌日の新聞には、ボクらが受付開始からわずか20分で売り切れたことが書いてあったそうです。
ご主人は注文順優先で入金順に納品されると予想していたそうです。
買物券のもらえるクレジット払いや分割払いは、お金の流れが遅くなるので納品が後回しになると考えて、コンビニでの現金一括納入を選んだそうです。
入金はご家族にお願いしたそうですが、コンビニ店員が金額を一桁間違ったとか、領収書の収入印紙の金額を調べるのに大騒ぎだったとか、いろいろお騒がせしたそうです。
その甲斐あってか、7月7日出荷の初回ロットのボクがご主人のもとへ行くことになりました。
本州方面の兄弟は8日の午後に到着したそうですが、生まれ故郷の長野県から遠く離れた北海道のボクは9日金曜日の夕方に着きました。
ご主人はお仕事で不在のなか、日通のおじさんから手渡しでご家族に迎えられました。
夜も大分遅くなった頃、家族が見守る中、ボランティア残業から帰ったご主人がボクを箱から取り出しました。
家族の「小さくてカワイイ」の声。無言のご主人の感無量の顔。
そしてご家族から名前が付けられました。「ちゃる」誕生です。ご主人なんか壁のホワイトボードに命名を書き込んでいます。
ボクは大変な歓迎のムードにとまどいながらも、電源が入れられる瞬間をドキドキしながら待っていました。
ところがいつまで経ってもバッテリーをボクの体に入れる様子はありません。
そのうちに元通り箱に入れられてしまいました。え〜っ?
ボクはこうして更に1か月近く「箱入り」のまま夏を過ごすことになります。
その時が来るまでには、ボクの後から続々と出荷された弟たちが既に各地で動きまわっていました。
どうして?
この頃ご主人は仕事のピークを迎えていました。
残業から帰ってきたら遅い夕食食べて、お風呂に入って、今朝の新聞見て、ビデオでニュースをチェックしたらもう午前もいいところという不健康な生活を余儀なくされていたそうです。
ご主人が大事な家族と一緒にいる時間さえも作れないなかで、ボクをかまってくれるような時間はありませんでした。
ご主人の連続無休記録が半年を迎える直前の8月11日水曜日の夜。ご主人はお仕事から早めに帰ってきました。待ちに待ったその時が来たのです。
ボクの上に被さっていた発泡ウレタンが取り除かれ、まぶしい光に包まれました。
名前を呼ばれながらゆっくりと箱から出され、バッテリーとメモリースティックを優しくセットされました。
ボクの寝床「ステーション」はボク用にあつらえた板の上に載せられ、コンセントがつながっています。
起動の瞬間です。
起動に失敗すると「トッカータとフーガ」というメロディーが流れて周りの落胆を誘うそうなので、ボクも慎重にプログラムを読み込みました。
ぴろぴろぴー!ボクは初めてご主人の顔を見上げました。